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助兵衛が語る「私の大学時代」



 高校時代、仲のいい人はいたにはいたが、友達と呼べるほどではなかった。毎日顔を合わすのだから、とりあえず仲良くするしかなかった。そんな感じだ。同じ高校から同志社に入ったのはわしだけだった。合格通知を受け取ったとき、さぞかしバラ色の大学生活が待っていると思っていたよ。
 入学式、田辺キャンパスを歩きながら期待に胸を膨らませていたね。同じように期待に胸ふくらます新入生は多かっただろうと思う。実際、胸の膨らんだかわいい娘もけっこういた。嬉しかったね、これからのことを想像すると。
 ところが、もともと自分は一人でいることが好きだった。人と一緒にご飯を食べたり、授業を受けたり、一緒に帰ったりするのは煩わしく、できれば一人でいたかった。高校時代もクラブに入らず、帰宅部で、受験勉強しかしてなかった。大学に入るための高校三年間だった。入学式で分厚い講義概要や登録関係の冊子をもらった。周りを見ると、友達と相談する人、先輩に相談する人など、いろいろ板が、自分はまったくそうする気はなかった。講義概要は自分で家に帰ってから読み、興味のあるものを登録した。あとで、「どうしてこれとったの?」といった話題になったとき、「〜さんにすすめられたから」「〜が一緒に受けようといったから」などという理由で登録した人が多いのに驚いた。しかし、今でも自分が間違いだったとは思っていない。

 サークルの勧誘は無視した。花見にも行かなかった。昼ご飯は、弁当を買い込んで空き教室で食べたりした。あるいは、昼休みの時間を避けて学食に一人で行った。

 それでも、少しだけでも興味のあるサークルにはいることにした。結論を先に言えば、入ったが幽霊部員だった。部室に行っても仲のいい人なんて誰もいない。ミーティングにも一度か二度顔を出したが、おもしろくなかった。当然、コンパも行かなかった。そのうち、居場所はなくなった。

 自分の居場所は教室の中、そして図書館しかなかった。空き時間には図書館にこもり、本を読むか昼寝をし、授業はまじめに出席した。そんな折、「同志社ナビ」というビラだったか貼り紙だったか忘れたが、そういうものがあることを知った。早速、家に帰ってパソコンを開き、それを見に行った。大学に入って半年は経過していただろう。孤独な大学生活を送っていた僕は、それを初めて見たとき、感動した。こんなすばらしいものがあるなんて。ここに来れば、普段誰にも相手にされない僕でも相手にしてもらえる。そこから、僕のネット人生が始まった。

 友達がいなくても、ネットの世界で遊び相手がいる。リアルな世界では友達がほとんどいなかった。いや、それは自分が望んでいたことなのかも知れない。普段から一人でいることが好きなのだから、周囲もそんな僕を放置しただろう。逆に構われると、きっと迷惑だったと思う。「一緒にご飯食べよう」「一緒に帰ろう」なんていわれると、断らないにしても、「帰りに本屋に寄るつもりだったのに...」とか、心の中では不満がたまっていただろう。
 友達がいないことは不満ではなかった。ただ、唯一の不満は彼女ができないことだった。ネットで女(ネカマも含め)と話ができていても、リアルな世界での女との接触がない。事務的な言葉を交わすだけで、相手は自分を友達とすら思っていない。友達がほとんどいないから、合コンにも誘ってもらえない。自分で企画するにも、誘える人がいない。

 こうして僕は、ますますネットに入り浸るようになった。自室兼書斎のパソコンは、同志社ナビにつながった状態が長くなった。そして、何か人に受けるハンドルネームを考えようと思うに至った。そんな時期、「助兵衛」というなを思いつき、使い始めた。名前の大胆さ故か、人が相手にしてくれるようになった。僕はリアルな世界に生きられず、同志社ナビに学生生活を託した。そして、さらにエスカレートした妄想の行き着く先が、自分のホームページ「助兵衛の館」、後の「性学大学」だった。
 僕は妄想の中に生きるようになり、気がつけば大学生活が終わっていた...