第7回「コンプレックス」
『最終新幹線の妄想』

 誠一は、喫茶店で見る女性にアプローチしようといつも思っていた。しかし、そうした勇気がもてなかった。誠一は純情な男性だったのだが、実は生まれてこの方、女性と付き合った経験がなかった。
 中学高校と、彼は陽の当たる存在ではなかったが、高校の時、同級生の一人から告白されたことがあった。誠一はこの子のことが嫌いではなかったから、付き合うということについて真剣に考えてみたのだったが、彼女からキスを要求されたとき、狼狽してしまった。そして、それが原因で彼女は冷めてしまい、告白は撤回、付き合うという話はなくなってしまったのだ。
 こんな初心な誠一が、初めて女性の肉体を知ったのは大学に入ってからのことだった。それまでから、アダルトビデオは見ていたが、あくまでもぼかしのついたもの。女性器を見たことなどなかった。やがてインターネットで見ることになるが、それでもやはり、分かった気にはなれなかった。
 成人式の帰り、地元の幼なじみと女性経験の話になってしまった。しかし、そのグループで女性経験がなかったのは誠一だけだった。彼はそのことでバカにされ、「せっかく成人しても、まだお子ちゃまだな」などと言われたのだった。そのことは誠一にとって非常に辛いことだった。成人し、ようやく自分も一人前の男になれたと喜んでいた矢先の出来事だったため、ショックは一段と大きかった。
 誠一は、あるインターネットの匿名掲示板に「童貞を捨てたいんですが・・・」という書き込みをした。自分は二十歳すぎた大人だが、キスすらしたことがない。周りからはバカにされていて、早く自分も大人の仲間入りがしたいなどと書いた。それには数多くのレスが寄せられたが、童貞を大事に守るべきという意見と、風俗に行けという意見に別れた。後者が多数派であり、この時初めて誠一は風俗なるものを身近に感じることになる。
 インターネットで風俗店のことを調べてみた。すると、これまで自分が知らなかった世界、あるいは知っていても自分には関係ないと思っていた世界に興味が湧いてきた。
 大学の授業をサボり、誠一は京都のピンクサロンに足を踏み入れた。店の前では「お兄さん、どうですか?」と客引きの男が立っていた。これまでならまったく相手にしていなかった誠一も、この日はその男の招きに応じて店の門をくぐった。
「いらっしゃいませ。時間はどうされますか?」
と、店員に聞かれ、誠一は料金表を見た。いろいろなコースがあるが、1時間もいようものなら1万円を上回る。そこで、45分のコースにした。
「あの、僕、こういうの初めてなんですけど・・・ どういうサービスなんでしょう?」
と、誠一は店員に尋ねた。店員は、
「これはですね、お客さん。簡単に言いますと、女の子と遊んでいただくということですよ。体を触ったり、キスをしたり、とかですね。本番以外ならオッケイです」
「本番?」
「まあ、要するにセックスのことですね」
 ここで誠一は初めて、童貞のまま店を出なければならないのだということに気づいた。
「準備できました」
と店員に促され、誠一は奥に通された。椅子に腰掛けて待っていると、奥から初めて会う若い女性がやってきた。誠一は、ここの事務員かと思ったのだが、
「今日は、よろしくお願いします」
と、その娘が言ったので、これから遊ぶ相手なのだということに気づいた。ずいぶんと美形である。スタイルはいいし、胸も大きかった。誠一は触ることに躊躇したが、娘の方からそれを誘導してきた。誠一は、初めて女性の身体を触った。
 顔を見合わせた二人。娘は誠一にキスをしようとした。誠一は
「実は、僕・・・ キス、したことなくって」
と言った。
「だったら、やめてもいいよ。ファーストキスはとっておいた方がいい」
と、娘がいい、キスはしなかったのだが、すぐにたまらなくなり、
「もう、いいよ」
と言って、二人は熱いキスを交わしたのだった。これが誠一のファーストキス、20歳の時の出来事だった。
(略・この間の部分は自主規制)
 誠一はこの日、初めての経験をたくさんした。そして少しは大人になった気がした。ただ、童貞であると言うことは、店を出てからもなお変わらなかった。

 それから、ときどき店に通うことはあっても女性と付き合うこともなく、今に至っている。そんな誠一にとって、美穂にアプローチする勇気はなかったのだ。彼女はきっと多くの男性経験を積んでいるであろう。そうすると、自分はどう思われるのだろうかということばかり気にしていたのだ。
 喫茶店に通い、顔を見るというのが彼にできる精一杯だった。そして、あとは眠りにつく前にあれこれ想像する材料にするだけだった。(つづく)


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