第6回「心の傷」
『最終新幹線の妄想』

 誠一はこの喫茶店の常連である。昼下がりのつかの間のひとときをここで過ごすことが多い。自宅でSOHOをやっているのだが、とりあえず食べていけるだけの稼ぎはあるらしい。大学を卒業後、企業に就職したものの、学生時代からのネットベンチャーへの夢が捨てきれず、自宅で仕事を始めたのだった。自宅といっても、親と同居。近所の人はパラサイトシングルだと揶揄するものもあったが、しかし、自立心がないわけではなかった。大学も、自宅から通っていたのだが、一人暮らしを夢見ていた。
 誠一の母親は徳島の出身で、今でも祖父母が徳島市内に住んでいる。徳島はジャストシステム発祥の地だ。祖父母の家を訪れては、自分もいつかあんな会社を作ってやると心のどこかで思っていたのだった。しかし、プログラマーになるわけでもなく、大学でコンピュータ関係の勉強はしたものの、研究する気になれず、ホームページのコンテンツを作る仕事をやっている。今の時代、そういう仕事はあちこちでやっているから、あまり儲からないのだ。
 そんな誠一も、ずっとコンピュータの前にいては疲れるので、自宅からほど近い喫茶店に出入りするようになった。昼の混雑も終わり、アルバイト店員がいなくなった時間帯に現れる誠一は、オーナー夫婦ともすっかり仲が良くなっていた。
 いつものように誠一はコーヒーを注文した。すると、若い女が運んできたのだった。この時間ならアルバイトは帰っているだろう。店はずいぶんと閑散としている。夫婦のどちらかが具合でも悪いのかと思ったが、二人とも元気そうに、いつも通り奥にいて、テレビでワイドショーが始まったのを見入っている。また幼い子どもの命が奪われたと、キャスターは報道していた。若い店員と一瞬目があったが、すぐに彼女は去っていった。
 次の日も、また次の日も、若い女が店を手伝っていた。とうとう誠一は
「奥さん、新しい店員さんを雇ったの?」
と聞いてみた。奥さんは
「いえ、あれはうちの娘なんですよ。これまで東京にいたのが、先日戻ってきて」
と答えた。
 ここに娘さんがいるというのは聞いていたかも知れないが、会うのはたぶん初めてではないだろうか。しかも、東京から戻ってきたという娘は、なかなか美しい。誠一はいつの間にか、この娘のことを思うようになり、彼女を抱いている姿を想像しながら、毎晩眠りにつくのが習慣になった。親と一緒に暮らしている誠一にとって、ティッシュの処理には苦心した。ゴミ箱に捨てているとばれるかも知れない。それに変な臭いが部屋にこもっていたらどうしようと恐れる。一方、風呂場の場合は浴槽に浮いていたりすると困るし、かといって、放っておくとそのうち下着を汚してしまう。学生時代から、下宿生がうらやましかった。

 夫の浮気、離婚、そして子どもの障害と子どもと引き離されたことなどで、美穂の心は傷ついていた。この傷は誰か別の男性にしかいやせないだろうと思っていたが、その期待よりも悲しみの方が強く、東京を離れることにしたのだった。郷里の生駒に帰ったからといって、何も望んではいなかったのだが、ただひとつ、喫茶店にほぼ毎日のように現れる若い男性客のことが、心のどこかで気になっていた。夜、一人で部屋にこもった美穂は、このところ触れていなかった股間に手を挟み、軽く刺激を与えながら、昼間の情景を思い描いた。かつて東京で味わった、幸せな時代の快感が、美穂の脳裏によみがえった。ずっと干上がっていた股間も、久々に恵みの雨をもらったように嬉しそうになっていた。あの男性に抱かれたい。彼なら私のこれまでの傷をいやせるかも知れないと、美穂は思って眠りにつくのだった。(つづく)


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