第2回「12号車7番D席」
『最終新幹線の妄想』

 切符を買った以上、乗り遅れてはならないので、念のため早い目にホームに向かうことにした。もっとも、この電車は最終の新幹線だから、乗り遅れたら今日中に帰れないということもある。すでに夕食はすませてあるので、弁当は買わなかった。
 改札も、今ではすべてが自動化されている。19番ホームは改札から向かって一番奥にある。東京駅の東の端。八重洲側に位置する。JRハイウェイバスの乗り場がある辺りの上に、東海道新幹線19番ホームはあった。自由席は早い間から人が並んでいるのだが、ギリギリに乗っても座れるとあって指定席はほとんど人が並んでいない。のぞみ号の自由席は1〜3号車。グリーン車は8〜10号車。残りの10両は普通の指定席車だ。そのうち8両は禁煙車である。
 扉が開くと、12号車7番D席に向かう。まだ車内にはほとんど人がいない。「1番E席」だったらいいのにとときどき思う。読み方が「いちばんいいせき」だからというただそれだけの単純な理由だ。もちろん、関西人なら「1番A席」でもいいわけだが。
 座席に腰掛けて出発を待つ。徐々にお客が乗ってくる。D席は通路側の席である。窓側には誰が来るのだろうかとわくわくしてしまう。ぐうぐう居眠りをするオジサンが大半なのだが、時に若くてかわいいお姉ちゃんのこともある。別に何か嫌らしいことをするわけではないけれども、そういうことを期待してしまうのだ。本を読むふりをして、隣の様子をうかがい、おっぱいのふくらみを確かめてみたり、指輪をしているかどうかを調べて異性関係を想像したり、やるとしてもその程度のことしかしない。ときどき、「ちょっとすいません」といってトイレに行くことがあるが、そうすると、この娘は今日生理なのだろうかと勝手に想像し興奮していることもある。
 発車の1分前ぐらいになり、要約隣の席の客がやってきた。お姉ちゃんだった。身長155センチほど、体重は分からないが、すらっとしたスタイルのよい娘だった。紙は長めで染めていない。化粧もそんなに濃い方ではない。そしてそして、何より興味のあるおっぱいだが、ぱっと見た感じCカップかDカップだ。おそらく20代前半だろう。これから始まる長いストーリーの中でも、これだけの前提は変わらない。彼女の職業も出身地も、そしてこの新幹線に乗っている理由も、まったく分からないのだ。それはこちらが想像するしかない。そしてどんな事情であるにせよ、今ここにいるということに至った理由がどこかにあるはずだ。一つだけ言えることは、彼女はたんなる旅人ではない。暗い表情をしている。彼女の瞳からは泣きはらしたような跡がうかがえる。
 そして、座席に落ち着いた彼女は、やがてうつむき、目に涙を浮かべるのだった。新幹線は東京駅19番ホームをゆっくりと離れていった。窓の外に流れ去る東京の夜景を眺めながら、ハンカチで涙を拭う彼女。彼女の脳裏には何があるのだろうか。そして私は、それを見て何を思えばよいのだろうか。(つづく)


目次へ | sukenavi.com