第1回「切符売り場の女」
『最終新幹線の妄想』

 やはり東京は人が多い。日本の首都というだけあって、無理もないことかも知れないが、しかし長くいる気にはなれない。用が済めば、そそくさと帰りたいものだ。今夜も、「せっかくだからゆっくりしていけばいいのに」と誘われたが、あいにく明日は朝早くから仕事なんだと嘘をついて、最終の新幹線で帰ることにした。
 新幹線のチケットは今や自動販売機で買える。昔は駅の窓口に並び、愛想の悪いおじさんと話ながら購入していたのだが、今はほとんどがかわいらしい若いお姉ちゃんになっている。このお姉ちゃんがどうやって採用されたのかは分からない。短大か大学かを卒業して就職したのだろうかと思うが、専門職ではないからレジうちのおばちゃんと変わらない。とするなら、別にわざわざ大学を出ていなくてもできる仕事だ。それに、鉄道マニアほどの知識は全くなく、複雑な経路で切符を買おうとすると、混乱してしまう。しかし、このお姉ちゃんの混乱した、焦った顔は何とも言えぬ快感を与えてもくれる。
 「京都まで」というと、指定席か自由席か、指定席なら禁煙か喫煙かを聞いてくる。毎度のことだから、聞かれなくてもこっちから言ったらいいのだが、どうしても受け身になる。お姉ちゃんとのコミュニケーションも楽しいからと、本能的にそうしているのかも知れない。しかし、向こうはさっさと切符を売って、出ていってもらいたいと思っているに違いない。もちろん、私がかっこいい男なら話は別かも知れないが。
 今日のお姉ちゃん、つまり祐子(という名前かどうか知らないけれど、とりあえずそういうことに勝手にしておく)は、都内の大学を卒業後、この会社に就職、現在は窓口業務を担当している。美人で、学生時代から男にもてたのだが、誰がどう見ても男がいそうな感じが漂っていたため、大学時代からほとんど恋愛をしていない。学生時代に彼氏がいたことがあったが、祐子は男の体を知ることなく、いや自分の体を彼氏に教えることがないままに、その男とは別れることになった。したがって、未だかつて処女だったのだ。そんなことは、客の一人にすぎない私には分からないのだが、職場の同僚もたぶんほとんど知らないだろう。ただ一人、上司の達夫だけは彼女が処女であることを知っているかも知れない。
 仕事帰りにみんなで飲みに行った日のことだ。酔いつぶれた達夫は、帰りの方角が一緒だということで、近くまで祐子に送ってもらうことになった。暗い夜道、酔っぱらいの達夫は、突然祐子に抱きつき、胸を触り、嫌がる祐子の下着に手を入れて膣を触った。「やめてください」と小さな声でいいながら抵抗する祐子だったが、それでは達夫は収まらなかった。ただ、膣を触ったことで祐子が大声を出しかけたので、達夫は手を取りだして逃げるように去っていった。
 他の女の体、しかも膣などを触ったことのない祐子にとって、自分が処女であることがどの程度他人にばれてしまうのかということが分からなかった。しばらくはそういう不安もあったのだが、いつも親切にしてくれて、別の上司からの叱責からかばってくれる達夫を祐子は訴える気にはなれなかったのだ。
 祐子は今の仕事が好きだった。大学時代にもいろいろとアルバイトはしていたが、どれも好きになれなかった。そういうことからも、今の仕事を失うことを祐子は恐れていたのだった。
 切符を売りながら、かっこいい男を見れば、「きっといつの日か、こんな人に抱かれてみたいわ」などと思い、下着を濡らしながら、早く夜にならないかなとばかり考えていたのだった。夜になり、家に帰れば、今日一日の疲れを吹き飛ばすように、オナニーにふけることができるからだ。まだ見たことのない男の身体。それを想像し、まだ体験したことのない、セックスというものを想像しながら、祐子は快感を味わうのだった。

 そんな祐子から、東京発最終のぞみ号の切符を受け取るのだった。「東京→京都 12号車7番D席」と、切符には書いてあった。(つづく)


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